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帝京大学病院におけるアウトブレイクの報道に思うこと
Tweet2010年09月07日(火) 07:42
帝京大学病院での多剤耐性アシネトバクターという細菌による
院内感染の多発(アウトブレイク)が報道されています。
単純な問題ではなくなっていますので、
昨年来の新型インフルエンザのパンデミック時に、
政府に意見を提出した感染制御の専門家の意見を載せておきます。
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「帝京大学病院におけるアウトブレイクの報道に思うこと」
多剤耐性アシネトバクター・バウマニによる病院内アウトブレイクが報道されてい
ます。私にはマスメディア報道を越える情報はありませんが、業務上過失致死の疑い
で警視庁が動いていることを聞き及び、わが国の医療に禍根を残さないためにも、一
方的な処罰感情のみに流されない議論がなされるべきであると考えて筆をとることと
しました。
医療技術の進歩や管理基準の向上、医療従事者の熱意と誠意に関らず、病院それ自
体は感染症の温床であり、医療関連感染防止はすべての医療従事者にとってつねに最
重要の課題の一つであり続けています。医療行為には必ず内在する感染リスクがあり、
血管内留置カテーテル関連血流感染症や外科手術部位感染症などは、語弊を恐れずに
言えば"起こるべくして起こる"合併症を医療従事者の不断の努力によって防止してい
るのです。日常的なケアのどこかに些細な破綻があっただけでも重大な結果をもたら
してしまうのです。また、病院という限定された空間に多数の患者が抗菌薬を投与さ
れている状況は、抗菌薬耐性菌を集約することとなり、一般的にまれな高度耐性菌が
病院においては日常的に跋扈することとなっています。高齢化社会に伴う患者数の増
加、医療の高度先進化の一方で、医療費削減を求める現状においては病院における経
費削減が経営上の必要課題となっていますから、医療の現場はますます少ないスタッ
フ数や予算でより多くの業務を負担しなければならず、患者と医療従事者のいずれに
とっても安全が脅かされていると考えなければなりません。医療安全は広く国民の間
で議論されなければならない重大事であります。
今回の問題となっている多剤耐性アシネトバクター・バウマニは医療関連感染防止
にとって重大な脅威です。高度耐性菌としてはMRSAや多剤耐性緑膿菌が有名です
が、これらの細菌と比較しても多剤耐性アシネトバクター・バウマニへの対策は極め
て困難であることが知られています。一般的にMRSA対策は医療従事者の手指衛生
と適切な個人防護具(手袋・ガウン・マスクなど)使用の徹底により対応することが
出来ます。一方、緑膿菌やアシネトバクター・バウマニは栄養要求性が低く、さまざ
まな環境で生き延びることが可能であるために環境対策も必要となります。緑膿菌は
乾燥に弱く、いわゆる水周りを押さえれば対策できるのに対して、アシネトバクター
・バウマニは乾燥に強く、カーテンや診療端末のキーボードやマウスのような通常の
環境表面でも数週間以上にわたり生存します。多剤耐性アシネトバクター・バウマニ
対策には膨大な環境調査が必要であり、しかも細菌はスタッフや患者の手指などを介
して環境を移動しますから、一度の環境調査だけですべてが明らかになるとは限りま
せん。海外からは医療従事者が使用するPHSを介してアウトブレイクが認められた
という報告もあり、多剤耐性アシネトバクター・バウマニへの対策は困難を極めます。
そしてアシネトバクター・バウマニは抗菌薬耐性を獲得する能力にも優れており、耐
性化したアシネトバクター・バウマニの中には多剤耐性緑膿菌と同じく現時点でわが
国に使用可能なすべての抗菌薬へ耐性を示す場合があることが知られています。すな
わち、高度耐性アシネトバクター・バウマニが感染症の起因菌となった場合、わが国
では治療できないのです。幸いなことに緑膿菌やアシネトバクター・バウマニは必ず
感染症を起こすわけではなく、単に保菌状態で過ぎる場合が多いのですが、侵襲的な
医療処置が行われている患者では先述したような医療関連感染症を生じることがあり、
病院内では重大なリスクとして対応する必要があります。
厚生労働省でも多剤耐性アシネトバクター・バウマニの重大性を考慮して、昨年2
009年1月には都道府県に対して病院内における発生を報告するように求めた通知
が出されています。しかし、これは法的義務ではなく、少なくとも医療の現場に対し
て明確な通達であったとは言い難いと判断しています。一部の報道では今回の帝京大
学病院における事例について、保健所へ報告されていなかったことが最大の問題点で
あるかのように取り上げられていますが、厚生労働省からの通知は都道府県への
"「お願い」ベース"であり、法的な義務ではなかったはずです。また、一般的に考え
ると、公衆衛生行政の介入で今回のような医療関連感染アウトブレイクが制圧できる
とは考えにくく、もしも行政側の担当者が保身に走って一方的な"病棟閉鎖命令"など
の過剰な対策を安易に乱発するようなことにでもなれば、医療現場の混乱は必至です。
病棟を閉鎖してしまうと、その期間、患者は受け皿を失って、適切な医療が提供され
ないこととなります。高い見識と専門性を有する専門家によるリスク・アセスメント
に基づいた方針決定こそが必要です。わが国では日本看護協会が認定する感染管理認
定看護師が1000名以上に及んでおり、豊富な臨床経験と高い専門性に裏打ちされ
た現場での活躍が期待されますが、残念ながら多くの施設では十分な権限を与えられ
ていません。"素人"による場当たり的かつ責任回避的な対策ではなく、現場に根付い
たプロの判断が優先されることを願って止みません。
さて、これも一部の報道による情報でしかありませんが、今回の事例について警視
庁が業務上過失致死の疑いで動くのではないかとされています。私たち医療従事者は
つねに医療関連感染症の予防と制圧を心掛けており、理念として"ゼロ・トレラン
ス"、1例の医療関連感染症も容認しない態度で理想を目指すべきであると考えてい
ます。しかし、実際には医療関連感染症を完全に根絶することは現時点で不可能です。
故意による事例であればともかく、医療の結果が望ましくなかったという理由で警察
が介入するような事態になれば、医療現場は必要以上に防護的となり、積極的な侵襲
的医療処置行為を妨げる結果ともなりかねません。リスクの高い重症例や耐性菌の保
菌患者は受け入れ先を失うかもしれません。処罰的な態度で"医療事故"に臨むことが
国民の利益になるとは考えられず、むしろ結果的に"医療崩壊"を一層に進めてしまう
可能性すらあります。私たちは第2の「大野病院事件」を許してはならないのです。
以上、私の個人的な意見を記述しました。所属機関、所属学会を代表した意見では
ないことを念のため書き加えておきます。患者さんが亡くなられたことはもちろん重
大であり、真摯に受け止めるべきことでありますが、現実の医療はすべての患者さん
を救命できるものではありません。この機会に医療従事者と国民が互いの立場を理解
し合って、よりよい医療現場を実現するための議論が進むことを望みつつ擱筆します。
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森澤雄司
自治医科大学附属病院・感染制御部長、感染症科(兼任)科長
自治医科大学・感染免疫学准教授
栃木地域感染制御コンソーティアム TRIC'K' 代表世話人
日本環境感染学会・理事、評議員、教育委員
E-mail ( yujim@jichi.ac.jp )
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